医桜通信
第1回 村里嘉信先生
2011年1月18日 9:08 PM
写真は、左より、Chieffo氏, Koo氏, Erglis氏, 村里氏です。
村里 嘉信先生
新行橋病院(福岡県) 副院長兼ハートセンター長
~地方から海外へ夢の発信~
新研修システムの導入により、医師の都会への偏在化、地方大学の医局員の減少が進み、中核都市の基幹病院からの医師引上げや、閉鎖に追い込まれる診療科も珍しくはない昨今です。
私は、この10数年にわたり、地方基幹病院の循環器医療を統括してきましたが、私自身の母校が産業医を養成する目的大学であったため、臨床医の人材の確保には、当初から、頭を痛めてきました。義務年限がある医局員は、短期間しか在籍できず、毎年のように、全く違う構成員でチームを組まざるを得ない状況でした。教授や医局長には、窮状を訴え続けましたが、決して、恵まれているとは言えない状況でした。
「なかなか、医局員を送るのは、難しいから、他の大学からの伝手があるならば、人を送ってもらっても構わない。」と、教授のお許しとも、突き放しともわからないお言葉を頂き、「さて、どうしたものか?」と、ずいぶん思案しました。いきなり、他の大学の教授を訪ねて行って、医局員の派遣を頼んでも、どこの馬の骨ともわからない人間を相手にしてくれる程、世間は甘いものではないことは明らかです。
「どうアピールすればよいか?」と悩んだ末に、私が出した答えは、学会、研究活動による業績づくりでした。私は、教授交代のあおりを受け、前教授時代での仕事で学位をとることは不可とされたため、学位のための仕事をもう一度やり直すこととなり、同級生の中で、最も遅く、学位を取得しました。ただ、これが今の自分には、幸いとなりました。2回目の時に出向した生理学教室で、徹底的に論文を書くイロハを教え込まれ、英語を話すのは自信がなかったのですが、読み書きは、特に苦手ではなくなっていました。
まずは、自分が行ってきたPCIの臨床成績や、case reportを日本語で出すことから始めましたが、査読者から結構細かいことを指摘されたり、理解されなかったりで、PCIの世界では全く無名な自分には無理なのかなと、ちょっと、うんざりし始めていた頃でした。そんな時に、チャンスは巡ってきました。
その頃、Cypher stentが欧米で上梓され、Colombo先生が分岐部に対するcrush stentingを提唱されました。ステントを壊してしまうこの方法を、いきなり、人間で施行することは、さすがにためらいがあり、手順確認も兼ね、動物実験をすることにしました。
血管造影、IVUS、内視鏡、解剖後の肉眼観察、あらゆる角度から、この方法を検証した結果、stent apposition、crushの完成度やtwistの影響、易血栓性については、とても、いいものとは思えませんでした。まず、日本の研究会に発表しましたが、その頃は、「Colombo先生の言うことにケチつけるなんてとんでもない!」という雰囲気です。
発表後、Crush礼賛派の先生方には人垣ができましたが、私の周りには、ちっとも人が集まりませんでした。そのなかで、とある先生(今では、北日本の重鎮です。)が、一人寄ってきて、「ぜひ、論文にしたほうがいい。」と、褒めてくださり、私は、久しぶりに英文論文を書くことを決意し、Catheterization and Cardiovascular Interventionに掲載を受理され、ソウルでのAngioplasty Summitに演題を出しました。
いったん、歯車が回り始めると、人生というのは、不思議なもので、私の目の前に、蜘蛛の糸のような、天の高みへの次のロープが垂れてきました。その発表会場でポスターを張っていたら、50歳代の白人が一人でポスターを張っているので、手伝ってあげました。その人が発表していたのは、Left main bifurcationにTaxus stentを留置したフランスのstudyでした。
同じbifurcationの分野だったので、私の実験結果を見てもらい、大変興味を持っていただき、名刺交換をしました。私は、その時まで、その人が誰だか、全く知りませんでしたし、AHAに行っていた頃に、同じセクションの発表者同士でdiscussionしたのが懐かしくて、声をかけただけでした。Lefevre先生(European Bifurcation Clubの世話人の一人)その人だったのです。彼は、その頃、激しく交わされたprovisional stenting vs. aggressive 2-stenting(特にcrush stenting)の論争の前者の論客でありましたから、私の実験結果は、魅力的であったようで、おぼつかない英語しか話せない私をそのannual meetingに招待してくれました。
この会は、ヨーロッパの重鎮が集まり、bifurcation interventionに関するstudyを集積し、コンセンサスを毎年作り、提言報告を続けているsemi-closedの会です。その内容は、臨床研究はもちろんのこと、解剖、病理、生理学などの基礎医学から、ステント工学、コンピュータシュミレーションなどの工学系まで網羅するfocus meetingとなっています。この会から、Medina分類が提唱され、世界標準となり、NORDIC、BBC-ONEなどのrandomized trialが生まれ、その後の1-stent優位の治療戦略が確立されていきました。
その他の大陸からは、remarkable studyを行った者が、招待をされます。その年のアジア人は、私ともう一人、二人だけでした。ここでも、私は、bifurcation interventionにのめりこむきっかけとなる人物と出会いました。もう一人のアジア人の、韓国のKoo Bon-Kwon先生です。最初は、二人とも、白人の中で、打ち解けることができず、ぽつねんとしていたのですが、同じアジア系の顔をしているのは2人だけでしたから、必然的に同じテーブルについて話をし始めました。彼は、main vesselステント留置後のside branchの狭窄をpressure wireによるflow fractional reserveで評価し、血管造影での狭窄は過剰評価されていることを明らかにしていました。会が進むにつれ、私は、驚きました。多くの発表者が、彼の論文を引用し、aggressive 2-stentingにたいし、批判的に論を展開していました。さらに驚いたのは、どこかに留学していたのだろうと思わせるぐらい流暢な彼の英語と、明快な説明でした。
後日、彼は、Stanford大学に留学しますが、その時点では、海外の学会に行ったことがあるという程度であり、韓国の教育レベルの高さに衝撃を受けました。お世辞抜きで、同じアジア人として、彼のことを誇らしく思いましたし、私にとって、初めての海外の友人になりました。私と彼を初めとする輪は、次の年にアジアでも、bifurcation clubを作ろうという夢に変わり、日韓両国にとどまらず、中国、東南アジアへ広がっています。現在、私は、日本での仲間を募る活動として、J-bifurc netというmailing listを立ち上げています。
当初の目標だった、自分を支えてくれる医師の確保という面では、医局人事に反する病院に赴任したため、出身医局からのサポートがなくなり、まだまだ、厳しい状況が続いております。しかしながら、私にとっては、Left main bifurcation interventionには、心臓外科とのコラボレーションが必要であり、移籍は必然のものでした。医局を離れて、失くしたものに呆然としたり、悔しい思いをしたりしたことはありますが、私を支えてくれる全国、世界の仲間がいることが心の支えとなっています。私のような地方都市の一般病院に勤めている医師としては、分不相応な夢なのかも知れませんが、逆に、係累がないものの強みがあり、海外では、むしろ、その積極性の方が評価されることもあります。医局員の派遣をして下さったり、講演に招待してくれる大学も出てきました。
「地方から海外への情報の発信」という私の夢は、決して、大学病院や大病院でないと、できない仕事ではないと考えています
「どうせ、私は医局の末端、仕事にももう慣れてしまって、新たに習うことはない。」
こう開き直ってしまっては、展開のない10年だったに違いありません。
開業や、マイホームばかりが頭に浮かび始めたあなた、もう一度、自分を奮い起こして、30歳台、40歳台を過ごしてみませんか?
きっと、一つ高みを登ってみれば、素晴らしい景色が開け、もう一つ上の高みに登ってみたいと思うはずです。
略歴
村里 嘉信
昭和37年生まれ
略歴
1981年 大分上野丘高校卒業、産業医科大学医学部入学
1987年 産業医科大学医学部卒業・同第二内科入局
1988年から1999年
産業医科大学病院、中国労災病院、門司労災病院、国立療養所晴嵐荘病院にて、循環器内科研修
1998年 低酸素環境下の自律神経性循環調節機能の研究により学位取得
1999年 社会保険筑豊病院内科医長兼循環器センター長として赴任
2001年 同内科部長兼循環器センター長に昇格
2007年 医療法人財団池友会新行橋病院ハートセンター長兼循環器科部長として赴任
2011年 社会医療法人財団池友会新行橋病院副院長を兼任
現在に至る
所属学会
日本循環器学会、日本心血管インターベンション治療学会、日本不整脈学会、日本心電学会、日本内科学会、日本医師会
資格
日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション学会指導医、認定医、日本内科学会認定内科医、ICD/CRTD施行医
世話人、幹事、Facultyとなった研究会
Live Demonstration in KOKURA、TOPIC、ADATARA Live Demonstration、Complex Cardiovascular Therapeutics、Transcatheter Cardiovascular Therapeutics(米国)、Angioplasty Summit – TCT Asia-Pacific(韓国)、Chinese Interventional Cardiovascular Therapeutics(中国)、九州トランスラディアル研究会、北九州循環器懇話会、北九州心不全研究会、豊前のくに循環器フォーラム、ひびき循環器症例検討会
専門分野
冠動脈インターベンション、四肢血管・腎動脈インターベンション、ペースメーカ治療